#65 【Valentine】大好きなあの子と過ごす大切な夜




#65 大好きなあの子と過ごす大切な夜

すっかり日も落ち、辺りを夕闇が包む。僕はとあるカフェにいた。普段着とは違うスーツを身に纏い、右手にはお気に入りのスムージー。優雅な時間と思いきや、大切な打ち合わせの最中だ。のんびりとした時間を過ごしていい訳じゃない。

 

家路

話はうまく纏まり、本日の仕事も無事に終わりそうだ。カフェの出口まで彼を見送る、良い話ができた後は、足取りも軽くなる。十分に満足した様子の彼は、満面の笑みを浮かべてカフェを出ていった。

元の席へ戻り、打ち合わせの残り香を感じながら、残りの仕事を急いで終わらせる。僕には待っている犬(ひと)がいる。

少し駆け足でクルマに乗り込む。音もなくエンジンがかかる愛車に乗り込み家路につく。ステアリングを握る手は、これから起こる楽しい時間を待ちきれずに、もう踊り始めている。街灯に照らされ、ネオンが輝く街を、僕はクルマを走らせる。助手席には、綺麗に装飾された、小さな箱を乗せて。

皆が家路につく時間、少しばかり道路は賑やかだが、予定通りに帰れるだろう。隣の小さな箱からは、幸せな香りが、綺麗に纏われたラッピングを超えて、僕に届いてきている。まもなく、我が家だ。

玄関前の階段を、一つ一つ登っていく。部屋の中にいる大切な犬(ひと)は、もう僕の足音に気づいているだろう。なにせ、彼女は特別に耳が良いのだ。僕の足音と別人の足音は、平気で聞き分ける。特別上等な耳が、彼女のチャームポイントだろう。

ドアを開け、明かりをつける。迎える彼女は、扉が開くや否や、すかさずひと鳴きする。「おかえりなさい」と僕に微笑みかける。彼女がヒナタだ。僕の帰りを待ちきれなかったご様子。小さな体を精一杯伸ばして、僕に存在をアピールしてくる。

そんなことをしなくても、僕には彼女しか見えていない。家路を急いだ理由も、早くヒナタに会いたい、その一心だったからだ。

近寄り、抱きしめる、これが僕の「ただいま」の挨拶。やっと帰ってこられた。仕事から解放された僕の、幸せな時間が幕を開ける。

如月の月夜

夜になると、とても静かな住宅街、街灯がポツリポツリと灯り、家々のカーテンからは、光がこぼれる。おいしそうなカレーの匂い、あそこの家のメニューはカレーかな。そんなことを考えながら、ヒナタと歩く夜の道。冬の夜は冷えるが、彼女は元気いっぱいに僕を引っ張る。静かな夜に響く二人の足音。仕事終わりの、この静寂の時間が、僕は最高に好きだ。

夜の闇に溶け込むヒナタ。夜道は危険なので、首にはまばゆい光を放つ輪を付ける。これで、ヒナタが闇に紛れることはないだろう。近くの公園までの、いつものデートコース。彼女と過ごすこの時間、お互いに今日あった出来事を話す。ほんの数十分、僕の心は、彼女の軽やかな足取りに解きほぐされていく。

家に帰ってきたら、夕食の時間だ。彼女が大好きなご飯を、今日も銀のお椀に入れていく。カランカランと、乾いた高い音が鳴ると、彼女は食事の時間を知る。まるでロンドン中に時を知らせる、ビッグベンの鐘の音のようだ。僕がOKを出すと、彼女は食事をする。このしぐさも僕の癒しの時間だ。

彼女が食事をする様子を横目に見ながら、僕も食事をとろう。湯を沸かし、放射状にパスタを広げる。茹で上がったら手早くニンニクと唐辛子を和えれば、ペペロンチーノが完成する。シンプルだが味わい深い、ピリッと来る辛みが僕の好みだ。

ニンニクの香ばしい香りが、部屋いっぱいに広がり、食事を終えたヒナタが、訝しげにこちらを見る。今日のメインイベントは、これからだ。

ヒナタとじゃれあう。この時間を楽しみにしていたヒナタは、とても楽しそうに僕に顔を寄せる。彼女は妙技も見せてくれる。いたずらに僕が鼻の上にお菓子を乗せると、ヒナタはバランスをとりながら、こちらを見る。

見つめ合う二人。視線がぶつかる。ヒナタの熱いまなざしを十分に感じた僕は、目の前の手を下げる。ヒナタは、器用に鼻の上からお菓子を宙へ放り出し、口の中へと運ぶのだった。

さて、仕事終わりの疲れを流そう。バスルームで、今日のメインイベントを成功させるべく、作戦を練ることにした。

助手席に乗せてきた箱

クルマの助手席から幸せの香りを立てていた箱を、彼女に差し出す。これは彼女へのプレゼントだ。そう、今日はカップルが愛を祝う日、一年に一度のヴァレンティヌスの記念日だから。

リボンをほどき、箱を開けると、そこには金色の化粧箱に装飾された、5つの茶色い宝石が並ぶ。初めてこの宝石を見る彼女は、どこか不思議そうに見つめ、丁寧に確認していた。そして、幸せの贈り物だとわかると、パクリと一口、宝石に口づけるのだった。もちろん、この茶色い宝石は、彼女が食べても何ら問題がないものを選んでいる。そこは、僕の、男のたしなみというものだろう。

プレゼントを喜んでくれた彼女、家路を急いで本当によかった。仕事も上々の一日、疲れた体には、黄金色に輝く冷えたコイツが一番だ。

今日は窓辺で、キャンドルの灯りに照らされながら飲む。グラスの中の、小さな泡が、キャンドルに照らされて、ココにもたくさんの宝石ができているようだ。

電灯とは違う、温かな橙色に照らされながら、彼女とロッキングチェアに腰掛ける。明日の予定を確認している僕のひざ元で、彼女は静かに横になっている。

窓辺に置かれたキャンドルが、静かに揺らめき、グラスの中には、気の抜けかけたビールが、小さな泡を踊らせている。僕と彼女は、その立ち上がる気泡とは反対に、そっと瞼を閉じるのだった。

 

Hinata Gallery(柴犬ヒナタギャラリー)

See you, Next week.

豆柴がいる暮らしでみなさんに「癒し」の時間をお届けします。
宮城県仙台市を中心に、東北の魅力も添えて。

【豆柴プロフィール】
・名前:ヒナタ
・性別:女の子
・誕生日:2019年12月25日
・生まれた場所:千葉県
・備考:生後2カ月はブリーダーに育てられています。

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